「氣」
元気、やる気、気持ち、気合、気功、、、、
気のつく言葉は無限にあります。
ネットやテレビなどで、目に見えず、つかみどころのないものであるが故に、まるで魔法のように扱われている節もあります。
「氣」は簡単に言えば、
「物が細い管を通るときの振動により生み出された波動」
です。
もっと言えば、
『血液中の分子原子素粒子のぶつかり合い摩擦による振動波動』
です。
考え方によれば、この世に存在するもの総てが「氣」あるいは「プラーナ」でできているといも言えます。
気功や瞑想での呼吸法など、カリキュラムの過程で感じたり見えたりする「氣」。
気功でいうところの外気、内気。
人間が感じる、見える「氣」。
具体的には、人間の場合は主に何億という毛細血管の中を血液が通るときの振動波動です。
樹木も氣を発するというのはご存知かと思いますが、
樹木の場合、植物全体として、主に毛細管現象で水を維管束の中を吸いあげるときに起こる波動です。
なので、『氣』の語源は『木』から来ているという説もあるぐらいです。
公園や森林で大木に手を当てた李り、抱きついたりしてる人がいますが、
それは樹木から氣をもらえば健康になる、思っているためです。
私も毎朝公園で木を見つけては、両掌を当てて、アーシングをし、エネルギーを分けてもらっています(と思い込んでいます)。
この「氣は細い管を通るときの波動」であるということが理解できないために、
氣は光である、
氣は磁力である、
氣は霊波である、
氣は神のなせる癒やしである、
氣は生命エネルギーである、
氣は遠赤外線の一種である、
氣は宇宙線である、
氣は霊体次元における生命のもとである、
氣は宇宙の最高次元の絶対の存在から発するエネルギーである、
氣は宇宙の真理である、、、
と、どんどんわけのわからない方向に、ますます掴みどころのないオカルト話のようになっています😅
いわゆる「スピリチュアル」専門家や、宗教やヨガ、瞑想の指導者によっては、まるっきり意味のない方法で氣のカリキュラムを組んだりしています。
だから、余計に訝しがられるのに。。。😅
要するに「波動」なのです。
生き物ということに限定しなければ、それ以外の存在でも波動を発生しています。
電波・赤外線・可視光線・紫外線・X線・ガンマ線などの電磁波もそうだし、
そもそも電気そのものが波動です。
電線、家電製品、スマホ、パソコン、テレビ、電子レンジ、なんでもかんでも波動を生んでいます。
家やオフィスを離れて、屋外でも樹木はもちろん、小川のせせらぎや野生動物も氣を発しています。
砂利道ですらも波動を生みます。
でこぼこが模様となって波動を生みます。
神社の砂利道など、いい例です。
図形も波動を生みます。
曼荼羅やインドの独特な衣服の模様、ジャワ更紗などもそういう感覚を元にして生まれてきたものです。
見えないもの、と思い込んでいるだけで、
実は「見えないところにあるだけのもの」なのです。





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