今、誰かに応援されていますか?
私は今応援している人がいますが、自分は誰かに応援されているのかな??笑
応援される人は、みんなが思わず応援したくなるような「願い(目標)」に向かって生きている人、です。
ところで「あの人、ノリがいいよね」と言いますが、ここで言う「ノリ」はどういう意味か?
1、「乗り」がいい
これはまさしくあの人ってノリがいいよね、のノリです。
2、「宣り」がいい
「宣る」とは「重大な言葉を口にすること」を言います。
「祈る」という言葉も「意宣る」からきています。
自分の意志を神様にむけて宣言する、という意味です。
言葉の力についてはいくつも記事を書きましたので以下をご参考に。
言葉には目に見えない「流れ」を呼ぶ、作る力があります。
「ノリでやった」「ノリで始めた」なんて言葉も言ったり聞いたりしたこと、あるはずです。
その結果、「予想もしなかった」「考えもしなかった」「奇跡的」ということになっていることがあります。
その瞬間はその瞬間だけで、同じ時間も機会も二度と訪れません。
なので、その瞬間に「ノレる」かどうかで、その後の結果は大きく変わるわけです。
現状に即して考えてみます。
今もまだダラダラ?と国(も一部国民も)はコロナ禍やから完全に抜けきれず、7月に入ろうとしているのにまだマスクを着けている人も多くいます。
もう4年も経過し、嫌気がさしてきている人も多い。
以前に比べたら、本当に色々変わりました。
日常生活も社会生活も、考え方、あり方まで。
メディアだけでなく私たちも「コロナ禍のせいで」と枕詞をつけて話すこともたくさんあります。
でもそれは果たして本当に「コロナ禍」が原因なのでしょうか?
私は少し違うと思っています。
以前「原因ときっかけは違う」という記事でも書きましたが、
「コロナ禍」は「きっかけではあるが、原因ではない」。
コロナ離婚、なんていうのもかなり多くありました。
自宅勤務が増えて、自宅に多くいるようになった夫のせいで、仲が悪くなって離婚...というケースも。
でもこれはコロナ禍が原因なのではなく「きっかけ」であって、これまでフタをしていた問題にフタがしきれなくなり、問題が顕在化しただけ、でしょう。
コロナ騒動で状況が変わったのであれば、『これはいい機会だな』と変化の波に「ノレる」かどうか。
もはや「ノッて」しまわなくてはなりません。
過去ハワイに行く度にサーフィンをしたことがあります。
サーフィンは波の大きさや形に合わせて、姿勢を変えたり、サーフボードをコントロールしていきます。
状況に合わせる、のです。
二度と同じ波はありません。
戦後から昭和の時代は「頑張れば報われる」ような時代でした。
自力で這い上がって、頑張れば頑張るほど成功に繋がり、豊かさに応じて幸せも比例して大きくなっていました。
例えれば「山登り」です。
一歩一歩諦めず歩を進めれば、確実に頂上に近づける。
今は違います。
頑張っても頑張っても、もう限界にきています。
世の中の仕組みがそうなっています。
「自分が幸せになる」「自己実現する」「自分の願いを叶える」と言う「自分だけ」にスポットライトを当てるのはもう違います。
だって、世界中の全員が「自分」だけにスポットライトを当てれば....
私が、私が、となり、争いが起きるのは想像に難くない。
争いの絶えない時代に逆戻りです。
今も争いが絶えませんし、争いを好む人もいつの時代もいます。
自分を犠牲にして、他の人のために、ではなく、
「自分も周りも」の共存の精神が必要なのです。
冒頭に書いた「応援されていますか?」と言う問いかけは、
「自分の願い、目標」が「他の皆の願い、目標」と一致していると、応援したくなるからです。
言い換えれば「共感」です。
同じ思い、同じ方向、に進む人を応援したくなるのは、自分もそうだからです。
クラウドファンディング、がまさにそれです。
こんな未来にしていきたい、
こんなことをやっていきたい、
こんなものを作り出したい、
と「意宣り」を声高に言い、ノリよく行動することが大切ですね。
自分も周りも、心穏やかに健やかに生きられる社会にしたいです。



私は今応援している人がいますが、自分は誰かに応援されているのかな??笑
応援される人は、みんなが思わず応援したくなるような「願い(目標)」に向かって生きている人、です。
ところで「あの人、ノリがいいよね」と言いますが、ここで言う「ノリ」はどういう意味か?
1、「乗り」がいい
これはまさしくあの人ってノリがいいよね、のノリです。
2、「宣り」がいい
「宣る」とは「重大な言葉を口にすること」を言います。
「祈る」という言葉も「意宣る」からきています。
自分の意志を神様にむけて宣言する、という意味です。
言葉の力についてはいくつも記事を書きましたので以下をご参考に。
言葉には目に見えない「流れ」を呼ぶ、作る力があります。
「ノリでやった」「ノリで始めた」なんて言葉も言ったり聞いたりしたこと、あるはずです。
その結果、「予想もしなかった」「考えもしなかった」「奇跡的」ということになっていることがあります。
その瞬間はその瞬間だけで、同じ時間も機会も二度と訪れません。
なので、その瞬間に「ノレる」かどうかで、その後の結果は大きく変わるわけです。
現状に即して考えてみます。
今もまだダラダラ?と国(も一部国民も)はコロナ禍やから完全に抜けきれず、7月に入ろうとしているのにまだマスクを着けている人も多くいます。
もう4年も経過し、嫌気がさしてきている人も多い。
以前に比べたら、本当に色々変わりました。
日常生活も社会生活も、考え方、あり方まで。
メディアだけでなく私たちも「コロナ禍のせいで」と枕詞をつけて話すこともたくさんあります。
でもそれは果たして本当に「コロナ禍」が原因なのでしょうか?
私は少し違うと思っています。
以前「原因ときっかけは違う」という記事でも書きましたが、
「コロナ禍」は「きっかけではあるが、原因ではない」。
コロナ離婚、なんていうのもかなり多くありました。
自宅勤務が増えて、自宅に多くいるようになった夫のせいで、仲が悪くなって離婚...というケースも。
でもこれはコロナ禍が原因なのではなく「きっかけ」であって、これまでフタをしていた問題にフタがしきれなくなり、問題が顕在化しただけ、でしょう。
コロナ騒動で状況が変わったのであれば、『これはいい機会だな』と変化の波に「ノレる」かどうか。
もはや「ノッて」しまわなくてはなりません。
過去ハワイに行く度にサーフィンをしたことがあります。
サーフィンは波の大きさや形に合わせて、姿勢を変えたり、サーフボードをコントロールしていきます。
状況に合わせる、のです。
二度と同じ波はありません。
戦後から昭和の時代は「頑張れば報われる」ような時代でした。
自力で這い上がって、頑張れば頑張るほど成功に繋がり、豊かさに応じて幸せも比例して大きくなっていました。
例えれば「山登り」です。
一歩一歩諦めず歩を進めれば、確実に頂上に近づける。
今は違います。
頑張っても頑張っても、もう限界にきています。
世の中の仕組みがそうなっています。
「自分が幸せになる」「自己実現する」「自分の願いを叶える」と言う「自分だけ」にスポットライトを当てるのはもう違います。
だって、世界中の全員が「自分」だけにスポットライトを当てれば....
私が、私が、となり、争いが起きるのは想像に難くない。
争いの絶えない時代に逆戻りです。
今も争いが絶えませんし、争いを好む人もいつの時代もいます。
自分を犠牲にして、他の人のために、ではなく、
「自分も周りも」の共存の精神が必要なのです。
冒頭に書いた「応援されていますか?」と言う問いかけは、
「自分の願い、目標」が「他の皆の願い、目標」と一致していると、応援したくなるからです。
言い換えれば「共感」です。
同じ思い、同じ方向、に進む人を応援したくなるのは、自分もそうだからです。
クラウドファンディング、がまさにそれです。
こんな未来にしていきたい、
こんなことをやっていきたい、
こんなものを作り出したい、
と「意宣り」を声高に言い、ノリよく行動することが大切ですね。
自分も周りも、心穏やかに健やかに生きられる社会にしたいです。



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